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ピコ Special Interview

昨秋、2年ぶりのシングル「村人A」をリリースし、いよいよ再始動した“両声類”ピコ!
意外にも、teenaとしては初のインタビューということで、昨年の『teena Girls’ Party Vol.3』出演直前の彼に再始動に関してだけでなく、いろんなことを聞いてみたよ。

●今回のように、ジャンルが全然違う人達と一緒にイベントするというのは、そんなにないと思うんですけど。

ピコ:そうですね。ZOLAとは何回かやらしてもらってるんですけど、はじめましての方も今日はいらっしゃいますし、僕、初めてっていうと、女性限定ライブっていうのが初めてですね。いい匂いするんだと思いました(笑)。

●teenaとしても今回初めての試みだったんですけど、どういったアーティストに出演していただくのか、とても悩みました。

ピコ:いろんなアーティストさんが(男性もしくは女性限定のイベントを)されているので話聞いたり、男性限定とかのDVD観たりするんですけど、自分が出演させていただくのは初めてなので、どういうライブになるのか楽しみで。

●そういった意味で、ちょっとセットリストを考えたりしたんですか?

ピコ:基本的にはいつもの自分ていうのを……はじめましての方もたくさんいらっしゃると思うので、全体時間を通して披露したいなという感じなんですけど……そうですね、いろんなはじめましての意味合いを込めて、カワイイからカッコいいまで出したいなと思いました。

●いつから両声類というか、そのような声が出ると気づいたんですか?

ピコ:遡ると8年前になるんですが、もともと自分で気づいて使い始めたわけではなくて……ニコニコ動画の歌い手として活動を始めてすぐくらいに、ある動画をアップしたら、声が女性みたいに聞こえるというコメントが流れて、それで両声類だって言われて。その時、自分の声ってそんなに特徴があるんだってことに気づいて、そこからは意識して使い分けたりしてました。

●ニコニコ動画への投稿は、母親に薦められて始めたということですが。

ピコ:そうですね。自分でも興味はあったんですけど……。MTRとかの録音機材も持ってましたし。当時は高校生で、バンドをやってたんですけど、母親が学校の先生をやっていて。で、当時の僕と同じくらいの子を担当してて、僕にちょいちょい今の若い子のトレンドというか、何が流行っているのか聞いてきたりしてたんですね。その流れで、今、ニコ動っていうのが流行ってていうのを話して、母もけっこう観るようになって、「うたってみた」っていうカテゴリーがあるからやってみたらって、洗濯物たたみながら言われて(笑)。本気でやりなさいって感じじゃなくて、軽いノリで、やってみたら面白そうじゃんみたいな。全然デビューするとかそんな気持ちはなく、なんとなく始めました。

●バンド活動では、どんなジャンルの音楽をやっていたんですか?

ピコ:最初は高校の同じクラスの友達に誘われて、Janne Da Arcさんのコピー・バンドを始めました。

●パートはやっぱりボーカルですか?

ピコ:そうですね。

●楽器とかをやろうという気持ちはあまりなかったんですか?

ピコ:楽器も挑戦しました。大学進学して軽音楽部に入ってからも楽器をやりたかったんですけど、ボーカルがあんまりいなくて、歌うたえるんだからボーカルやってみたいな感じで、ひっぱりだこ状態だったんですよ。別にうまい下手関係なく、僕しかいなかったんです。結果、ずっとボーカルやってましたね。

今の現状と、そこから思っている未来への希望だったり意志だったりっていうのを歌っていきたい。ただそれが自分だけのことじゃなくて、それはきっと僕がヘタレなのであれば、僕以外のヘタレたちはきっと共感してくれるだろうなと思っていますね。

●先ほどJanne Da Arcの名前が出ましたけれど、これまで影響を受けた、もしくは好きなアーティスト、バンドについて教えてください。

ピコ:音楽に興味を持ったのは……母の影響が強いんですよ。もともと音楽の授業とか嫌いで、楽譜も読めないし、自分でCDを買って聴く子でもなくて、音楽に興味はほぼなかったんですけど、ある日突然母がGACKTさんにハマってファンクラブに入って、クレジットカードもGACKTバージョンになってて、それからは家の中がポスターだらけになったりとか、常に曲が流れている状態になって、僕もその流れでGACKTさんの曲をすごい聴き始めて、だんだん自分もファンになっていって……最初の入口はそこですね。そこから高校に入って、友達に薦められたJanne Da ArcだったりSIAM SHADEだったり、ちょっと異色のJ-ROCKだったりヴィジュアル系だったり……なんかドヴィジュアルじゃないところを聴いてたって感じです。で、大学に入ってからはアニソンをすごい聴き始めて、水樹奈々さんだったりだとか、T.M.Revolutionの西川さんだったりとかをよく聴いてましたね。

●特にこのシングル、アルバムは忘れられないなっていうのはありますか?

ピコ:高校生の時、初めてオーディション形式のライブがあって、地元なんですけど。その時にJanne Da Arcのコピーでオーディションを受けたんですけど、40組ぐらい受けてその中の5組か6組しか受からないっていう感じだったんですけれども、受かったんですね。その時に演奏したのが「Rainy」っていう曲なんですけど、その「Rainy」を初めて聴いたのが『ANOTHER STORY』っていうアルバムで、それはめっちゃ聴いてましたね。

●いつぐらいからプロを意識するようになったんですか?

ピコ:ニコ動を始めて1年経つか経たない時に、ある動画がきっかけでピコっていう名前がニコニコ動画の中で認知されるようになって、それ以降、ユーザー主催のライブにオファーが来るようになって。オファーを受けて東京にお仕事に行ったりとか、大阪に行って打ち合わせしてライブとか、当時は今みたいにメジャーなサイトじゃなかったし、運営イコール出演者みたいな感じだったので、ライブの製作から携わって作っていったりするうちに、それがすごい楽しくて、お客さんも来てくれて、打ち上げもあったりして、自分のステージを素人ながら作っていったりしてると、どんどんリアルの大学生の自分とピコとしての自分を天秤にかけるようになって。ピコのほうがどんどん充実してきていたので、それに気づいた時に、こっちの世界でピコとしてもっと活動していきたいなっていうように考えるようになって。でも、やるからには誰もやってないことをやりたいなっていうので、ネットからデビュー、みたいな。当時は、そういう人がいなかったんですよ。ただ、今まで憧れてたアーティストさんはみんなメジャーだし、やっぱりメジャーはコピー・バンドしてたころから憧れが心の中にあったので、それを叶えられるかもしれないとなった時にメジャーになりましたね。

●それまではずっと関西というか、地元の姫路で活動されてたんですか?

ピコ:そうですね。ただ、活動といっても高校の時のバンドは卒業と同時に解散してしまったし、大学の軽音楽部での活動も、学祭だったり、定期演奏会みたいなのでライブ・ハウスで2ヵ月に1回ライブしたりぐらいしかやってないっていう感じでしたね。

●今まで活動してきた中で笑えるエピソードとかありますか?笑えないのでもいいですけど(笑)。

ピコ:笑えないエピソードはたくさんあるんですけど、笑えるエピソード……。そうですねぇ、なんかしょうもないことはいっぱいあるんですよ。例えば、ライブで物を投げることに憧れていて……ペット・ボトルの水とか、ギタリストがピック投げたりするじゃないですか。僕もいろいろグッズができてきたので、タオルをライブの最後に投げたんですけど、タオルって投げるのが意外と難しくて投げたのに自分に返ってくるという。何回も投げたのに、(オーディエンスのところに)届かないっていうのはありました。あとは……デビューしてすぐにヨーロッパ4ヵ国にツアーで行ったんですね、1ヵ月間。その時のドイツで、クラブに行ったんですよ。でも、クラブといっても4つ打ちが鳴っててギラギラしてるわけじゃなくて、なんか普段の農業をやってる人たち、『ロード・オブ・ザ・リング』に出てきそうな感じの人たちが踊ったりお酒飲んだりしてたんですけど、女性に間違われてトルコ人に本気でプロポーズされたっていう(笑)。それ関連は本当に多いです(笑)。メイクしてたりマスクしてたりすると余計わからないみたいで、タイのイミグレーションに引っかっかたりだとか。タイは性転換する人とか多いからっていうのもあるのかもしれませんね。それから、地方のキャンペーンとかでショッピング・モールに行った時、トイレ行ったりすると、東京ではこういうなりの人は多いのでなんともないですけど、(地方だと)おじさんとかが入ってくるなり僕を見て、びっくりして出て行くみたいな。

●日本と海外での受け入れ方は違ったりしますか?

ピコ:海外を何ヵ所か周って気づいたのは、やっぱり日本人はいい意味でも悪い意味でも奥手というか、構えちゃうというか。そこの扉を開けるっていうのが、自分の中で試練というかハードルでもあるんですが。……海外はみんなオープンだなっていうのは感じますね。……すごく国によって盛り上がり方も違っていて、台湾や中国といったアジア地域は、けっこう日本に近いノリ方なんですね。すごい熱狂度というか、とにかく熱くて、空港についたらもうギャーって感じで、出待ち入待ちは当たり前、みたいな。なんならホテルまでついていきますよっていう感じだったりするんですよ。逆にヨーロッパになってくると、踊りたいっていうのがあって、日本の変拍子だったりとかトリッキーなサウンドじゃなくて、わかりやすいクラブ・ミュージック、4つ打ち系がウケたりして。そういう一面もありつつ、アニソンがすごいウケたりして、ライブで歌ってたりすると、みんなノるっていう感じじゃなくて踊ってるっていうのはすごく感じました。各国それぞれ盛り上がり方が違うんだな、みたいな。

●ピコさんはファンとの距離が近いアーティストとして認知されていますけど、どれくらいの近さにするかっていうのは、自分の中であるんですか? ここまでかな?みたいな(笑)。

ピコ:ライブの常連さんだとか、twitterのフォロワーさんだとか、悩みとかを僕に相談してくれる人がけっこういたりして。あと、手紙とかもいただいたりします。自分は知識も経験も浅いですけど、相談してくれる方っていうのは、学生さんだったり20代前半の方が多いので、相談に乗ったり、リプライ返したり、握手会の時とかに答えたりとかはしたりしてます。……この前のファンクラブ旅行での出来事なんですけど、2ショット撮影会があって、王子様っぽい衣装に着替えて、靴とかもそれ専用のものを用意してたんですね。で、もともと履いてた靴を脱いだら、マネージャーさんがその靴をファンの人たちの前で嗅いだんですよ。嗅がれるの、絶対いやじゃないですか(笑)。でも、臭くないってことで、僕の靴を全員が嗅いだっていう(笑)。それぐらい距離が近いです、みんなと(笑)。

●音楽的な部分だったり、ヴィジュアルの部分だったり、ステージ上でのパフォーマンスだったり、自分を表現する上でここは意識してるってところはありますか?

ピコ:今年(2015年)になって意識し始めたことなんですけど、本当の自分をちゃんと伝えるというか、例えば去勢を張ったりだとか、不相応なことだったりとかを歌詞だったり音楽で表現することは表面的にはできると思うんですけど、それを作ってる、歌ってる自分がそうじゃないと、聴いてくれる人たちには伝わらないので、本当に自分の思ってることだったり自分自身のことを自分が一番理解した上で、自分が考えられる最大限のことだったり、自分がこうしたいんだっていう、僕はこんな人間だけどこうなりたいんだって思ってることだったりとかを歌に乗せて伝えていく……。……最初ニコ動からデビューして、周りからはシンデレラ・ストーリーとか言われたりして、すごいキラキラしてる一面があって。だから、そういう部分の自覚は自分自身にもすごくあって、俺ってすげぇやつだって思ってた時期もあるんですけど、アーティスト活動が長くなって、いろんなことを知ったり、いろんなものが見えてきたりする中で、全然凄くない、なんかすごく平凡な人間かもしれないと思ったりするようになって。自分ってすごい弱い人間だなと思って、落ち込んだり、イライラしたりとかしてたんです。アーティストやめようかなと思ったこともありますし。でも、そんな中、ある人と出会って、そこで自分の今までの活動だったりとかを話したりしたんです。今の自分はどういう人間なのかっていうのを、あんまりその時は見えていなかったんですけど、質問に対して答えたりしてる中で、「ピコくんはヘタレだ」って言われたんですね。ビックリはしたんですけど、あっそうかって、すごい納得しちゃって。「ピコくんはヘタレだけど、ヘタレっていう言葉は全然ネガティブな意味じゃなくて、君はそれが素質というか、本当の君だから、ヘタレの代表になりなさい。でも、ヘタレの代表って、世の中の人はヘタレばっかりだから、ヘタレの代表になれたら凄いよ」って言われて、確かにそうだなと思ったんです。そして、「ヘタレな君はどうなりたいんだ?」って聞かれて。自分自身もそうだし、そんなに自分自身に100%の自信を持ってる人って少ないと思うんですね。だからそういう弱い部分も持ちながら……「僕はヘタレだけど、強くなりたいです。もっと上のステージに立ってキラキラ輝きたいです」って答えたんです。「じゃあ、そういう歌を歌っていけば届くよね」っていう話をされて……今年(2015年)の夏ぐらいですね。そこから、今回の「村人A」っていう曲ができて、ずっとお休みしてたリリースを再開しました。だから今後もそういうスタンスで、自分自身が今の現状と、そこから思っている未来への希望だったり意志だったりっていうのを歌っていきたい。ただそれが自分だけのことじゃなくて、それはきっと僕がヘタレなのであれば、僕以外のヘタレたちはきっと共感してくれるだろうなと思っていますね。

●そういう想いが今回の「村人A」に込められているわけですね。

ピコ:それだけですね。……作品をリリースしなかったこの2年間は、自分探しというか、結局、自分探しと言いつつガムシャラにやってただけなので……。ライブばっかりやってて、海外にも行きましたし、47都道府県を全部周ったりして、とにかくライブ・ライブ・ライブってやってたんですけど、すごいいい経験にはなったし、フィジカル、メンタルの部分も強くなったんですけど、結局、リリースまでの答えが出なくて。で、その後にそういう話になって、すごいスッキリした、みたいな。新たな土台作りをする中で、ヘタレっていうワードをもらったっていう流れが、自分の中でしっくりきたというのはありました。

●ファンにしてみれば、2年間リリースがないというのはすごく長く感じたと思うんですけど、自分の中では長いって感じでもないですか?

ピコ:いや、長かったです。僕的には出したいっていう気持ちは大きかったんですけれど、でもいろんな事情だったりだとか、自分自身がなかなか納得できないというか、こんな状態でリリースできないという自分で歩みを止めちゃったりしてた部分もあったりしたので。ひとつの経験であり反省でもあるんですけど、そういうことをガーっと考えたりとか、ライブをやればやるほど、いつまで同じ曲をやってるんだろうとか、そういうジレンマは、最初の1年間はすごく感じてましたね。

●そういう時に周りのアーティストの動向とかは気になったりしましたか?

ピコ:なりましたね。デビューの時期が同じだったり、ファースト・アルバム出した頃に自分が出たメディアに一緒に出てた人たちとか、共演させてもらった人たちがガンガン活動を続けていってるのを見てたりするとやっぱり悔しかったですし、なんとも言えない複雑な気持ちにはなりましたね。金爆、きゃりーぱみゅぱみゅとか……あのタイミングでガラッと音楽業界も変わって、なんかそれに取り残されてしまった感じはしてましたね。

●これから先、どういうところに向かっていきたいですか?

ピコ:ひとつの節目を迎えてリニューアルというか、「村人A」は、新しいピコのスタートのきっかけになった曲だと思うんですけど、2016年は、より新しいというか、今までのスタイルに囚われない形でちょっと今年(2015年)からプロトタイプみたいなのをチャレンジしつつ、DJスタイルでライブをしたりだとか、いろいろしたりはしてるんですけど、本当、いろんな形態で歌えたらいいなと思ってますし、歌だけじゃなくて舞台とかもやりたいです。あと、日本だけじゃなくて、あらためて世界に向けてどんどん発信していきたいです。どうしても今、海外に行ったらニコ動のピコだったり「桜音」のピコだったりって、そういう感じなんですけど、そこからの脱却というか、日本で力をつけて、海外にあらためてドンッと発信できたらいいなと思っています。その流れで、(日本への)凱旋ライブができたらいいですね。

●2016年はアルバム出そうですか?

ピコ:(笑)はい。まだ決まってないですけど、出したいですね。

●teenaのメイン・ユーザーである中高生に向けて、ご自身の中高生時代の経験も重ね合わせてアドバイスというか、こういう風にしたほうがいいよといったメッセージをお願いします。

ピコ:僕、もうすぐ28歳になるんですけど、今の中高生を見るとすごい羨ましいですね。若いし、可能性が無限大というか、やりたいことはなんでも挑戦できるわけですから。今やりたいことがある人は、それに向かってチャレンジしていってほしいですし、まだ見つからない人は、ゆっくり考えればいいなと思っていて。まずは、一山目を目指してください。あとは……二山目が大事だと思ってるんですよね。一山で満足しないというか。1回、山の頂上に登ったってことは、降りないといけないので、降りた後に次の頂上をどうやって目指すか、それをどういった形で目指すのが一番早いのかっていう。今のは例えてますけど、この記事を読んでくださった方はぜひ自分で考えてみてください。まだきっと、ずっと先の話にはなっちゃうと思うんですけれど、1回では満足しないで、さらなる高みを目指して欲しいというのは思いますね。まだ僕も途中なんですが。

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